夢里村

アー

藤本タツキ『ルックバック』

本当に頭が下がる。あの事件を知った日は飲み屋で飲んでて、気分が悪くなって家でしょぼくれていただけだった。

 

藤野が初めて京本の絵を見て下校途中に悔しがるコマで、田植えをしている農家のインサートがすごい。モンタージュってこういうものだ。そこから走り出すのは、京本に認められて雨の中走り出すシーンで美しく反復する。あの雨は藤野の喜びを気持ちよく演出するし、帰宅してすぐに机に向かったことがわかる時間描写にもなっていて、天候てやっぱり最高だなと思えた。空が人間に何かを与えてくれるのは、いつだって巨大な讃美歌だ。

時間を駆ける/架けるフィルム4コマが落ちること、藤野が絵を辞めようとしてノートを捨てるシーンで既に「分岐」を指し示している。

藤野が事件を知って過去を回想するシーンは、コマの枠とフキダシを雪が塗り潰している。回想のコマにはそれがわかるような仕掛け(大抵コマ外を黒にするとか)があるものだけど、こういう一つひとつのアイデアがおもしろいし綺麗。

効果音は藤野が初めて京本を訪ねた時、もう一つの時間軸で京本が藤野の来訪を知る時、それぞれの存在を確認するための音としてのみ、140ページ超ある長さの中で、2回だけ使われている。漫画の表現方法が、最小限のフレームで最大化されている。かっこいい。

藤野が救急車で運ばれていくときに藤本ピースが出てきて嬉しい(デンジのピース思い出す)。

窓とかドアとか、世界の境界として、アクションの呼び水として、キャラクターたちのフレームとして、描かれ方が本当にすごい。それらって住居の究極的な機構で日常的なものなのに、芸術においては激烈に劇的なものに変身するのだ。

劇中の4コマ漫画が全ておもしろい。4コマ漫画も連載してほしい。

 

芸術への愛に溢れていて、世の中の陰惨なものへ立ち向かっていて、時間は一直線にしか流れていないけど、現実をフィクションが塗り込める、その再帰的な希望を信じ続けて。ありがとう。