夢里村

アー

SF MOMAとRagnar Kjartansson


f:id:yumesatomura:20240930164225j:imagef:id:yumesatomura:20240930164205j:image9/29(日)、サンフランシスコのMOMAに行ってきた。たまたま、Ragnar Kjartanssonの《The Visitors》(2012)という作品を観た。ぼくの短い人生で最も感動したもののひとつとなった。MOMAの6階、奥の展示室に近づくと、壁のキャプションで音楽に関する作品があることがわかった。作家の名前と作品名だけチラ見して、何の気なしに展示室に入った。暗かった。長方形の展示室はとても広く、椅子やクッションはなかったが、鑑賞していたひとたちはすわったり寝転んだりうろうろしたりと、思いおもいにそれをみていた。9つのプロジェクターが壁に映像を映し出しており、映像に対応するスピーカーがそれぞれあったと思う。1つを除き、ひとりずつ、室内で演奏をする人物が映されている。例外的なその1つは、大きな家とその庭、そこに集まっている人々、中には演奏をしている人もいる、の映像。どうやら、演奏場所は違うが、みんなでひとつの曲を演奏している。きちんと同期している。タイトルの「The Visitors」はABBAの曲からとられているということだが、演奏されているのはÁsdís Sif Gunnarsdóttirが作曲した全く別の曲のようだ。その1曲の、64分にわたる演奏は素晴らしく、自分の位置によって音の重なり方聴こえ方が変わることと、各所にはっきりした強弱や展開のある曲の構成がマッチしていることがとてもドラマティックだった。また、それぞれの部屋のつくり、家具、光、それらを映すカメラの位置が、全部完ぺきだった。カメラはフィックスで、中心に演奏者がいるだけで、それだけでとても美しかった。その作品としての調和のとれたさま、完成度の高さのかたわらに、日常の音が非常にきもちよく録音されていることに感動した。自分のパートがないときに葉巻に火をつける音、ロックグラスを置く音、お風呂の音(たぶん風呂の中でギター弾いて歌ってるのがRagnar Kjartanssonかな?)。湯船のお湯は楽器しても演奏される。曲が終わりに向かうと、ひとりひとり楽器を置いて部屋を出ていく。すると、ひとつのピアノのある部屋にそれぞれがフレームインする。要は、みんな同じ家の別々の部屋で演奏していたのだね。その部屋からも出ていくと、唯一屋外を映していたカメラが家から出てくる演奏者たちを捉え、カメラはパンして、みんなが歌いながら広い草原の奥へ歩いていくのを見届ける。片付け担当のひとが屋敷を歩き回って、それぞれの部屋を映していたカメラの電源を順番に落として終わり(おそらく)。閉館時間が迫ってきて、ほかの展示も観たくてまだ2、3カメラがまわっている状態で部屋を出てしまった。というか途中から観た。全部観なきゃ。これが観られるならMOMAの入場料$30は安すぎる。

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数年前の映像、雰囲気はわかるかもしれない。ぼくが観た展示は真ん中にスクリーンはなく、部屋をぐるっと取り囲む形で全ての映像が投影されていた。

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この展示まで、ずっと観たかったダン・フレイヴィンにブルース・ナウマン、リチャード・セラ、リチャード・ロング、ジェニー・ホルツァー、ゲルハルト・リヒターなどなど、知っている作家の作品にばかり感動していて、「ぼくって保守的でつまらないにんげんだな」と思っていたけど、新しい感動に出会えてよかった! 乾杯